2025年8月5日
うちの塾で初の試みとなる合宿。学生諸君は夏休みに入り、もれなく堕落した生活を送る。そして多くが夏休みの課題も未完了のまま最終日を迎える。少しでもそうならぬ為に、合宿で可能な限り課題を消化し、はやく終えた塾生は次学期の単元を先取りしてもらう。本当であれば、山奥に本塾の所有する理想的な建造物があり、そこに定期的かつ長期間にわたって自在にこの類の企画ができるのが本望ではあるが、そのような夢は縁があればその機会を待つとして、とりあえず実行に移そうと思ったことが事のきっかけである。
「夏休み課題の迅速な消化 + 全学期の復習と次学期の予習」
「規則正しい生活」
「塾生諸君の親睦」
「デジタルデバイス依存症の緩和」
上記が今回の趣旨である。
初回の会場は、最寄りの青少年野外活動センターの「アクトパル宇治」をお借りして企画した。二泊三日で日中は研修室をトータル14時間借りて勉強に勤しむ。内設されている食堂の運営は笠取ファームという名称で、朝昼晩の食事を一括で予約することが出来る。事前に全員分の食事の希望を聞きとり、予約済みである。研修室も事前予約制で、今回は運が良かったのか、3日間貸切の状態だった。
現地集合12時50分、チェックインを済ませて荷物を置いたら13時から早速研修室にて勉強開始。それぞれ持参した夏休み課題や塾のワークに取り組むが、(大いに予想はしていたが)塾生たちは落ち着かない。気持ちは分からなくもない。「合宿」という響きだけでも彼らの身体はうずく。本当であれば外で思いっきり暴れ回りたいところかもしれないが、今回の趣旨はあくまで勉強である。おしゃべりが始まるたびに指摘する。それぞれの塾生の席を回り、最優先課題である夏休みの宿題を消化させる。8人を一気に指導するのは6年ほど前に英会話講師をやっていた頃以来である。ただし大人8人相手と子ども8人相手では、全く別方向の困難がある。情緒が安定していることと合理性を備えている点だけ取っても、大人相手の方が数倍楽である。更に彼らは小学生から高校生までおり、課題の内容もデフォルトで進めているワークの種類も全く違う。一人高1の生徒の夏休み課題だけやたらと多いので、サポートの比重バランスが難しい。
また今回の趣旨の一つであった「スマホ依存症緩和」に関しては、開始数分で打ち砕かれることとなった。高校3年生と1年生の兄弟は、まるで何事もなかったかのようにスマホを所持していた。あれだけ事前通知していたのにもかかわらず、あまりにも平然と持っていたので、こちらも注意する意力さえ湧いてこなかった。説教に割いている時間はない。説教ほど無駄な時間はない。ということで開始と同時に僕は、その点に関してこだわることをやめた。
4時間という時間は僕にとって瞬く間だったが、塾生にとっては耐え難いほどに長かったらしい。無理はない。ある小学生は4時間の間に5回以上トイレに出ていった。この習性は行政委託事業で管理している会場の小学生たちの例で見慣れている。かれらは1時間以上拘束されて勉強すると頻繁にトイレへ「避難」する。トイレで何をしているかは知るところではない。ある生徒はワークを30ページ弱終わらせ、ある生徒は国語の夏休み課題を一つ終わらすのに4時間丸々かかってしまった。裏を返せば、合宿なしに課題を完遂した確率は0である。全員が同じ学校の同じ学年であればまとめて白板で解説などできるが、十人十色の課題の場合は一人での指導に限界がある。それらを踏まえて明日は、自学自習ができる生徒はひたすらページ数を消化してもらい、ペースの遅い生徒は一つに固めてまとめて指導する。
指導が終わってゾロゾロと宿泊棟へ移動する。今回は男子、女子、講師用に3部屋を独占させて頂いた。ぞれぞれ2段ベッド4つの8人部屋で、講師の僕に至っては一人っきりである(だからこうして記録することができている)。高いところに上りたがる子どもの習性か、彼らのほとんど全員が2段ベッドの上を陣取った。寝具にシーツを完璧にセットするよう指示する。彼らは意外にもすんなりそれを熟した。そうこうしているうちに時刻は夕食の18時になった。
一階の食堂に行くと、調理スタッフの方がせっせと大量の数の夕定食を用意しており、僕たちは早々に予約席へと着いた。予約の時から感心していたが、ここで提供される食事はかなり厳密なアレルギー対応が可能である。今回一人弱度の小麦アレルギーの塾生がいるが、その旨を伝えたところ何度も調理スタッフから電話がかかってきて細かい打ち合わせができた。学校の給食のようにアレルギー対応していることは安心な要素である。僕は塾生たちのいる席ではなく、隣の席から彼らを俯瞰していた。彼らの食事している様子を見ながら、改めて感心していた。まるで今までずっと友達だったかのように、初対面の塾生同士はコミュニケーションをとっていた。最年長で高3の彼は、おしゃべりな中1の彼の話を、わざわざ箸を休めて聴いたりなんかしている。
食事を終えるとそれぞれのお小遣いでお菓子やジュースを買い、宿泊棟へと戻っていった。僕は一人残って笠取ファームのスタッフの方と談笑していた。チェックイン時のスタッフさんも満面の笑みで対応して下さり、ここのスタッフさんは非の打ち所がないほどに愛想がよかった。
部屋に戻ると彼らはそれぞれのお菓子を食べ、何をするでもなくダラダラしていた。因みに宿泊棟では、部屋での食事は禁止されているがお菓子・お茶・ジュース等の飲食が認められている。食事よりお菓子の方が汚れるように思われるが、書いてあるから良いのだろう。キリのよいところで風呂へ行くように伝えると、彼らはご両親に用意してもらったであろうキレイにまとめられたお風呂セットを肩にかけて大浴場へと向かった。鎮まった自室で記せるだけの記録をPCに打ち込む。
彼らはカラスの行水の如き速さで風呂から戻ってきた。手持無沙汰にしていたので、持参したUNOを持っていくと、彼らは雄叫びを上げて喜んだ。ベッド上段で隠れてスマホをいじっていた高校生たちも、スマホを放り投げて下に降りてきた。部屋の中心で円を描くように地べたに座り込み、カードを配った。終始かれらはカードゲームに一喜一憂し、悔しがり、踊り舞い、飛び回り、大いに笑った。その中で僕は、どのような状況においても彼らのように全身全霊でそのゲームにのめり込むことはなかった。彼らとは楽しみ方が違ったと言った方が正確だろうか。隣の高校生諸君にチラリと目をやると、やはり彼らも、のめり込みながら一歩だけ引いていた。極めて容易に目の前のカードに夢中になる小中学生陣に対して僕は、嫉妬とある種の惻隠という、おおよそ相反する気持ちを抱いていた。
気付けば20時45分、大浴場が閉まるまで残り45分だった。僕は男子部屋を後にし、風呂へ向かった。ついてみると浴室は貸切状態だった。大きな浴槽には腰の位置に3つのジャグジーがついており、子供たちには遊び道具にしかならないが、大人にはありがたい背中のマッサージになった。ジャグジーに押し流される水流の音を聞きながら、ただただお湯につかった。浴室には終始誰も入ってくることなく、身体を洗い終えて21時過ぎに風呂を後にした。帰り道、各部屋がある通路に差し掛かると大きな騒ぎ声が聞こえる。幸い我々が宿泊した棟も貸切状態だったので、思う存分騒がせておいた。
就寝時間の22時も迫り、寝床に着くように指示をした。どうせここから実際に寝るまで数時間かかることは分かっていた。まあ、ご迷惑をかける周りのお客さんもいないので、僕は自室に戻り、残った仕事をしたのちに床に就いた。