教務日記

 教育で外部組織内で勤務することに関して大雑把に記しておきたい。普段私塾で一から十まで己で設計・管理しないといけない状況(管理なんかしてないけど)から打って変わり、創立100年にもなる私立高校には独自の惰性で決まった組織的な「型」があり、それの大部分は必然的に日本企業的な型をとる。非常勤という片足だけを突っ込んだ状態でもある種の影響はここ三か月で肌で感じざるを得ない。

 他校に関しては知らないが、校内での連絡はNTTが提供する専用のアプリで行う。これは教員専用である。生徒とのやり取りはGoogleのシステムを介してになるが僕にはほぼ無関係なので記さない。教員専用のアプリではそれぞれ個人、科目別、高校全体、そして小中高大など完全な全体という範囲にメッセージがカテゴライズされる。生徒の行方が分からなくなった時などに連絡を取り合うためのスレッドがあったりするがこれは通知オフにすることもできる。自分に関連性のあるもののみを通知するように設定はしたが、それでもごくまれに関連性があったりするから時々チェックせざるを得ない。

 とある先生からたまたま話を伺った。日曜日に当たり前のように個人メッセージで業務内容を送ってくる非常識な人間がいる。それはいつの時代にもいるとして、それより興味深かったのは「システムありき体制」である。つまり業務内容をアプリ配信したら最後、そこに記されていることがすべてであり、口頭でのコミュニケーションがまるでおざなりになっている、と。大企業ならまだしも、あの程度の規模でもいまやデジタルコミュニケーションの「神格化」があるらしい。そんなこと口で言ってくれれば、とアナログな僕なんかは思うけれども、デジタルコミュニケーションが血肉化している人にとっては、アプリに挙げたでしょ、その一言でことが足りるらしい。ちなみに校内で使っている勤怠システムにZionというのがあり、それは以前勤めていたアウトドア企業でも全く同じものを使っており、10年以上たった今でもまるで仕様が変わっていないことに驚いた。

 試験監督というのも学校ならではの経験である。すでに一学期は中間・期末ともにそれぞれ一時間ずつ担当させていただいた。普段レギュラーで教えているクラスとは違うクラスを担当するので、場所を探すのも一苦労だが、マニュアル内容も細かい。A4両面の監督ルール表があり、それに従って試験を進めていく。内容は覚えていないが特に喧しいのはやはりスマホである。生徒たちは入室前に音が鳴らないように設定を義務付けられている。そして試験中にスマホがなった場合は即座に取り上げて試験後に指導室へ連れていく。なんと実際に担当したクラスでスマホが鳴っていた(らしい)。おそらくバイブレーションだったせいで着信音なのかどうかも判断がつかなかった。しかも終了一、二分前で判断がつかないうちにチャイムが鳴った。その次の日(今日なのだが)、教務部から話があると学校側から連絡がきていったい何事かと思った。よりによって今朝はやるべきことで立て込んでいる時間だったが、何かご迷惑があったらと思い午前中に電話を入れた。内容は、監督を担当したクラスの生徒から試験中にスマホが鳴ったというある種のクレームに対して、監督担当だった僕に「事情聴取」をする必要があったわけである。上記の内容をそのまま伝えて事は済んだようだが、ああいう事例の場合でも随時報告を今後はするように致しますと謝罪し、以後は過剰対応をもって任にあたることを心に誓った。

最も関心をそそるのは、考査終了一、二分前に生徒一人のバイブレーションがなったことで一体現実的に何が問題になるのか、それである。そのバイブの振動があったせいで最後の最後に答案に書きそびれたじゃないか!そうやってクレームを入れてくる輩も勘定に入れてマニュアル化しているのだろうか。そうやってすべてのクレームを回避するために大学入試監督のマニュアル本はバカみたいに分厚いらしい。担任にスマホのバイブについてクレームを入れた生徒の最大のモチベーションは、「そういうルールだったんじゃないんですか?」である。終了間際のバイブレーションが実際に生徒に害を及ぼしたのではない(そんな蓋然性があるだろうか)。彼らが言いたいのは、そういうルールだったのにそのルールを守ってないやつがいる、そしてそれについての指摘がなかった不公平性についてのクレームなのである。現代の顧客化した学生には学校側(サービス提供元)は否が応でも対応しなければならない。その対応の一端が今回の「事情聴取」だったわけである。まったくご苦労な話である。学校の先生が減る理由がよくわかる。

ただ身も蓋もないことを言えば、入室前にスマホを預かりボックスにでも入れさせれば済むではないか、そう思うのは僕だけか。そうすれば一日で何十件という数の「スマホが鳴ったので没収しました」という無駄な報告が行き交うことがなくなるのは明らかであろう。あのマニュアルは合理を極める為に作成されたと思っていたがどうも極めてはいないらしい。

報告・・・。組織を見事に連想させる言葉。ちなみに、組織におけるいわゆる「報・連・相」とは、上司にあたる人間の資質を表す言葉以外のなにものでもない、ということは今でも常識に登録されていないらしい。上司の人間的資質が高ければ「報・連・相」というクダラナイ概念自体がそもそも表出しない。報告しろ!連絡しろ!相談しろ!とがなり立てる上司はほぼ確実に人間的に厚みを欠いた部下に頼られない人間である。でなければ部下は自然と上司に報告し、連絡し、相談し、頼る。当たり前の話である。

 また話は遡って数週間前。いつも担当しているクラスの隣のとある生徒が学校を辞めた。彼女は毎回クラスが終わると驚異的な速さで飛んできて愉快な話をしてくれる快活な生徒だった。まだ新一年生だったので入学後わずか3か月という短期間で学校を去ったわけである。なぜか。あきれるほどに典型的な事例で書くのも面倒だが、要は友達関係である。LINEで言っただの言ってないだの、距離を取った(無視した)だの仲間外れだの・・・、である。しばらくは学校に来なくなり、最終的に転校することを決めたらしい。あんなにも元気な子が客観的には極めてクダラナイことで去ってしまうということは、やはり主観的には絶望だったのだろう。かわいそうに。一度でもゆっくり話ができていればと思わざるを得ない。普段相手をしている生徒の半分は長期不登校の生徒だけあって余計に悔やまれる。ただ間違いないのは、こういう事例に関してほとんど全体の責任を負っているのは関連するオ・ト・ナである。

 この期間わずか三か月。上記の如く、あれこれ問題の種になっている元にはスマホあり。利己主義的にでも損得勘定でもいいが、普通に合理的思考が働けばそういう問題は(理論上)避けられる。人間は合理的ではない。その陰に潜んでいる本質的な問題は一人一人の孤独であって、スマホに限らずその穴埋めにあらゆる依存症は生じる。報告しろとがなり立てる上司もあの快活な女子生徒も孤独だったに違いない。いままでずっと不登校の受け皿役をやってきて、ここにきてその発生源に片足を入れてみてなんだか「そういうこと」が少し分かった気がする今日この頃。

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